
『さまよう刃』は、東野圭吾による日本の小説。『週刊朝日』にて連載されていた。
2009年、東映により、益子昌一監督、寺尾聰主演で映画化
会社員・長峰重樹の最愛の一人娘・絵摩が辱められ、死体で発見される。悲しみに暮れる長峰だが、数日後、犯人の名と居場所を告げる内容が留守電に 入っていた。電話で言われたアパートへ向かい留守宅へ上がり込み、部屋を物色すると、複数のビデオテープが見つかり、そこには、最愛の娘・絵摩が犯人2人 に犯されているシーンが写っていた。そこへ帰宅した犯人の一人 伴崎敦也を刺殺し、虫の息の伴崎からもう一人の犯人・菅野快児の潜伏場所を聞き出し追う。 そして、想像どおりの結末をむかえる。
少年犯罪被害者の悲痛の叫び、正義とは一体何なのか、誰が犯人を裁くのか。
無防備な日本国が生み出した、人間としての感情を持ち合わせていない畜生以下の奴らの犯罪に巻き込まれて、その幻覚にも似た出来事を一生背負い生きていかなければならなくなった人。そして、正義を守るのではなく法律を守り己等の立場を守ろうとする、警察機関や弁護士。こんな世の中でいいのか???
私は、死刑が極刑だとは思ってはいない。ハムラビ法典すら甘いと思っている。目には目を じゃ無く、被害者の、その数倍の苦しみを与えてこその刑罰であると信じている。
きれい事がはびこり、真の正義がおろそかになること事態がこの世の終わりであろうと、思っている。
私にも、最愛の娘と息子がいます。この子達には「もし、お前達に予期せぬ事が起こった場合、父は残った方が独りになっても、父はこの映画の長峰以上の犯罪者になるだろう。」と言ってある。それが父の考える正義だとも言ってある。
正義とはなんだろう? 道徳とはなんだろう? あまりのも無防備なこの日本国で何がおきても不思議ではない。己のことは己で守らなくてはいけないし、己で処理しなければならない。誰も、自分の正義を守ってはくれないからだ。
あえて、鬼にもなれるし、蛇にもなれる。
甘すぎる!!
内に秘めることしか出来ない人もいるだろう。。。 口に出すことは出来るがそこまでで、終わる人もいるだろう。。。しかし、受けた恨みつらみは皆同じはずだ。
私の刃はさまよう事を知らない。。。